弱者の生きる術

セミリタイアと弱者の生きる術について

2022年1月27日

ブログテーマについて

このブログの2大テーマは『セミリタイア』と『弱者の生きる術』の2点である。

セミリタイアについて

私は人に誇れる人生を歩んではいない。自慢できるものは何もない。

だが偶然が重なりあったとはいえセミリタイアを達成できた。紆余曲折を得て24年で達成した。そこには多くの無駄があった。
最短で突き進めば10年~15年で達成できると思う。セミリタイアを目指す人の参考になる記事を書いていきたい。

弱者の生きる術について

私は弱い人間だ。自称落ちこぼれの平均以上の人とは違う。幼少期も学生時代も、社会に出てからも弱者であった。

宗蔵

この世は弱者にとって生きづらい世の中である。真面目に生きていても、悪意によって攻撃を受けることも多い。社会の片隅で平穏に生きることすら許されないのか。そう思うことも多々あった

でもここまで生きてきた。40歳を過ぎて人生の折り返し地点まで生きてきた。弱者として40年以上生きてきた.

  • 苦しい
  • 不安
  • 助けてほしい
  • 上手くできない
  • どうすれば良いのか分からない

こんなことばかり考えて人生を歩んできた。

弱者としての経験は豊富だ。その経験を役立てたい。

以下、今回は弱者について語ってみる。

私は弱者だと自覚している。

物心がついた頃には既に気づいていた。自分は弱い側の人間だと。他人より劣っていると。

宗蔵

記憶を辿ると小学校低学年の頃には弱者と自覚して立ち回っていた記憶がある。

でも本当に自分は弱者なのか。強者と弱者って何だろう。定義が有るのだろうか。

検索してみた。まずは強者から・・『強い人。すぐれた人物。力や権力を持つ者』全く該当しない。残念だが私は強者ではないようだ。

弱者についても検索してみた。結果は・・・『弱い人。臆病な人。いくじがない人。』これが弱者らしい。

全て私に該当する。悔しいが私は弱者のようだ。

なぜ弱いのか

弱者の定義が弱く臆病な人なら、なぜ自分は弱く臆病なのだろう。答えは分かっている。何をしても他人より劣っているからだ。

勉強も運動も。容姿さえも。
音楽や芸術等で特技があれば心の支えになるだろう。でも、私には何もなかった

宗蔵

何をしても人より劣っていれば臆病にもなる。私は弱かったため、必然的に臆病になったのだ。

力が弱く引っ込み思案であれば、自然と社会の隅に追いやられることになる。私は常に日陰で生きてきた。

弱者の戦略・戦術

自然と弱者が生きる術を求め続けた。そして弱者が生きる術を身に着けた。

宗蔵

何とか人生の折り返し地点まで何とか生きてきた。その中で成功も失敗も経験した。

どう生きるべきか

  • 身の振り方
  • しゃべり方
  • 立ち振る舞い

自分を救ってくれるスキル

  • 仕事で役立つスキル
  • プライベートを充実させるスキル
  • 人間関係を改善してくれるスキル

お金の有効活用

  • 優先的に購入するも物
  • 自分を救ってくれた物
  • 無駄な物
宗蔵

これらを私の経験を元に発信していきたい。悩み苦しんでいる方々が救われるキッカケとなれば幸いです。

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